日本文化の醸成
日本は四方が海に囲まれている地形的特徴から、大陸から伝わる文化と混ざり合いながら生活様式の変化やその時の政治、宗教の影響を受けながら独自の文化が形成されてきました。古代の日本では狩猟や採集をする生活を送っていましたが、大陸から稲作が伝わるなど次第に農耕中心の生活に変化していき、集落や村が形成されるようになっていきました。集落や村の規模は徐々に拡大していき、広範囲を支配する個人の台頭や国の成立が行われていきます。その中から現在まで続く天皇を政治の中心とする国が台頭し権力を強めていきました。時代が進むにつれて政治の中心は天皇から武士へ、そしてまた天皇へと移り変わっていきますが、その過程で様々な文化が形成されてきました。
また、宗教の観点では、古来の日本人は農耕文化の発展や集落の形成に伴い、自然の中に神の存在を感じ日々の生活や家族、村といった共同体を守る目的で自然の脅威に対し恐れ敬いながら日々の安寧を祈るといった土着の自然信仰が行われてきました。これは身の回りのあらゆるものには神が宿るという考え方(八百万の神)であり、現在の神道の礎となっています。その後、有力な国、政治権力の登場によって伝説的な物語を付け加えながら次第に神道の原型が形作られ、体系化されていきます。
一方で6世紀に大陸から仏教が伝来し、共同体の安寧を祈る神道の考え方とは異なる救済という概念が受け入れられ、日本でも普及していきます。はじめは神と仏は異なるものと認識されていましたが、各時代の暮らし、政治的背景から様々な解釈が行われ、次第に神と仏は同じものであるという考え方が広まり神道と仏教は混じり合っていきました。そのため、神社の隣や敷地内にお寺や仏教に関連するものが設置されたり、その逆があったりすることや、一年を通して仏教、神道どちらの行事も行うことなど、日本独自の宗教観が育まれ日本の文化にもそれが表れています。
明治になると神道と仏教は異なるものであると明確に分けられるようになりましたが、風習としてはどちらの文化も残り続けています。